Relationships
「ガスライティング」から自分の心を守る。否定やコントロールに気づき、自分を取り戻す対処法。
相手の言動によって自分の判断や記憶を疑ってしまうことは、誰にでも起こりえます。この記事では、心理学の研究をもとに、ガスライティングの特徴を理解し、自分の心を守るための具体的な方法をお伝えします。
by
Takaya Yoshinaka
2/11/25
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あなたの感覚は間違っていない。自分の心に正直に生きていい。
「そんなこと言ってないよ。あなたの記憶違いでしょ」「そんなに気にするなんて、あなたが考えすぎなんじゃない?」。上司や親、時には友人からそんな言葉を投げかけられた時、自分の記憶や感覚を疑ってしまった経験はありませんか。特に、相手との関係を大切にしたいと思えば思うほど、「私が悪いのかも」と自分を責めてしまうことがあります。
しかし、時として、こうした自己否定的な思考は、相手との関係性の中で無意識のうちに作られていくものかもしれません。自分の心が発するサインに気づき、それを大切にすることは、決して「わがまま」でも「考えすぎ」でもありません。
ガスライティングとは? - 目に見えない心理的な影響を理解する
「それ、あなたの思い込みじゃないの?」 「そんなに深く考えなくていいのに」 「私はあなたのことを思って言ってるのに」
こうした言葉、どこかで聞いたことはありませんか。一見すると相手を気遣っているように聞こえるこれらの言葉が、実は私たちの心を少しずつ蝕んでいくことがあります。
ガスライティングとは、相手の記憶や判断、感情を意図的に否定したり、コントロールしたりすることで、認識を歪ませる心理的な影響を指します。その影響は、多くの場合ゆっくりと進行していくため、気づきにくいという特徴があります。
日常的に見られるガスライティングの例
私たちの日常生活の様々な場面で、ガスライティングは起こりえます。一見何気ない言葉の中に、ガスライティングが含まれていることがあります。ここでは、具体的な場面ごとに見ていきましょう。
仕事や職場では
職場では、特に上下関係や立場の違いを利用した形で現れることがあります。次のような発言に心当たりはないでしょうか。
「そんな指示は出していません」と以前の発言を否定される
「あなたは真面目すぎるんです」と懸念を軽視される
「周りはみんなできているのに」と比較される
たとえば、先週の会議で確かに決まったはずの締め切りについて、「そんな話はしていない」と否定されたり、長時間労働への懸念を相談した際に「みんな普通にこなしているのに」と切り捨てられたりする場面です。このような言葉は、あなたの記憶や判断力を疑わせる効果を持ちます。
家族関係では
家族関係では、「愛情」や「心配」という名目で、相手の感情や考えを否定してしまうことがあります。
「親なんだから、あなたのためを思って言ってるの」
「私が言ったことを曲解している」
「そんなことで傷つくなんて、繊細すぎるわ」
例えば、自分の将来や生き方について相談した時に、「親として言わせてもらえば」と前置きされ、その後の会話で自分の意見や感情が否定されてしまうような状況です。家族だからこそ、こうした言葉の影響は深く心に残ることがあります。
友人関係では
友人関係では、より見過ごされやすい形で現れることがあります。親しい間柄だからこそ、以下のような言葉が軽く使われることもあります。
「冗談がわからないの?」
「気にしすぎだよ」
「私はあなたのこと心配してるだけ」
具体的には、相手の言動に傷ついたことを伝えた時に「冗談だよ」と軽く流されたり、自分の悩みを打ち明けた時に「気にしすぎだよ」と一蹴されたりする場面です。親しい関係だからこそ、このような言葉が重みを持ち、自分の感情や判断を疑わせることになります。
理解しておきたい重要なポイント
これらの言葉や行動が持つ特徴として、以下の点に注意が必要です。
一回一回は些細に感じられる言葉でも、繰り返されることで大きな影響を持つ
相手が必ずしも意図的にガスライティングを行っているわけではない
親密な関係であるほど、その影響は深刻になりやすい
立場や権力関係の差が大きいほど、影響を受けやすい
大切なのは、これらの言動に違和感を覚えた時、その感覚を大切にすることです。あなたの感じる不快感や違和感には、必ず理由があります。
なぜガスライティングに気づきにくいのか
ガスライティングが見過ごされやすい理由の一つは、その進行が緩やかだということです。心理学研究によれば、この種の心理的な操作は、多くの場合、些細な出来事から始まり、徐々にエスカレートしていく傾向があります。
私たちは特に次のような状況の時に、ガスライティングの影響を受けやすくなります。
相手との関係を大切にしたいと強く思っている時
仕事や立場上、相手に従わざるを得ない関係性にある時
自分の価値観や判断に自信が持てない状態にある時
例えば、上司との関係を良好に保ちたいという思いが強い時、「この程度なら我慢できる」と自分に言い聞かせてしまうことがあります。また、親しい友人との関係を壊したくないがために、違和感を感じる言動であっても「きっと私の考えすぎだ」と自分を疑ってしまうこともあるでしょう。
心と行動への具体的な影響
このような状況が継続することで、私たちの心や行動には様々な変化が現れることがあります。
自分の判断や記憶を常に疑うようになる
些細な決定でも他者の確認を求めてしまう
自分の感情を表現することへの不安が強まる
社会的な場面を避けるようになる
過度に謝罪してしまう習慣がつく
たとえば、昼食に何を食べるかという些細な決定でさえ、「これで良いのかな」と誰かに確認したくなったり、自分の意見を述べる際に「もしかしたら私が間違っているかもしれませんが…」と前置きをつけることが習慣になったりします。
影響の深刻さについて
特に注目すべきは、これらの影響が一時的なものではないという点です。些細に見える日々の出来事の積み重ねが、より深い次元での自己認識の揺らぎをもたらす可能性があります。
例えば、次のような変化が徐々に現れることがあります。
「自分には正しい判断ができない」という思い込みが強まる
人間関係において常に相手の機嫌を伺うようになる
自分の意見や感情を表現することへの恐れが定着する
自己否定的な思考パターンが日常的になる
これらの変化は、時として長期的な影響を及ぼし、人生の様々な場面での選択や決断に影響を与える可能性があります。そのため、早い段階での気づきと適切な対処が重要となります。
自分の心を守るための7つの具体的なアプローチ
ガスライティングの影響に気づいた時、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。ここでは、心理学の研究から導き出された7つの実践的なアプローチをご紹介します。一度にすべてを実践する必要はありません。あなたの状況に合わせて、できることから少しずつ始めていくことをお勧めします。
1. 違和感に気づき、記録をつける
「何かおかしいな」という違和感は、あなたの心が発している大切なサインかもしれません。日々の出来事を次のような形で記録していくことをお勧めします。
気になった出来事や会話をできるだけ具体的に書き留める
その時の自分の気持ちや身体の反応にも注目する
日付や状況なども含めて記録する
例えば、「今日の午後3時頃、会議室での出来事。『そんな話は聞いていない』と言われ、胸が締め付けられるような感覚があった」といった具体的な記録です。このような記録は、自分の記憶や感覚を確認する大切な拠り所となります。また、出来事を客観的に見つめ直す機会にもなるでしょう。
2. 信頼できる人に話してみる
自分の感覚が揺らいでいる時に、次のような方法で周囲のサポートを得ることができます。
家族や親しい友人など、信頼できる人に状況を話してみる
カウンセラーなど、専門家に相談することを検討する
オンラインの支援グループなども活用する
例えば、長年の友人に「最近、職場であったことを聞いてほしい」と切り出してみるのも一つの方法です。話すことで状況が整理され、新しい視点が得られることも多いものです。また、専門家に相談することで、より具体的な対処方法についてのアドバイスを得られる可能性もあります。
3. 自分への思いやりを持つ
自己否定的な思考に陥りやすい時こそ、次のような取り組みを心がけてみましょう。
「大切な友人がこの状況なら、どんな言葉をかけるだろう」と考えてみる
心と体の休息を十分にとる
自分の好きなことや楽しめることの時間を作る
たとえば、休日に好きな本を読んだり、散歩に出かけたりする時間を意識的に作ることから始めてみるといいでしょう。「自分にも休息が必要だ」と認めることは、自己否定的な思考から抜け出すための大切な一歩となります。
4. 明確な境界線を設定する
健全な人間関係を築くために、次のような境界線の設定が効果的です。
「NO」と言っていい場面では、きちんと断る
過度な要求には「検討させてください」と時間を置く
必要以上の謝罪を控える
例えば、無理な残業を頼まれた時に「今日は以前から予定があるので難しいです」と伝えることも、適切な境界線の設定の一つです。このような小さな実践を重ねることで、徐々に自分の意思を表現することに慣れていくことができます。
5. 対話の記録を残す
特に職場など、公的な場面では、次のような記録の取り方を意識してみましょう。
重要な会話は可能な限りメールやメッセージで行う
口頭での指示は、確認のメールを送る
会議ではメモを取る習慣をつける
たとえば、「先ほどの打ち合わせの内容を確認させていただきます」という形でメールを送ることは、とても有効な方法です。これにより、後から「そんな話はしていない」といった事態を防ぐことができます。
6. 自分の感情を大切にする
日々の生活の中で、次のような意識を持つことをお勧めします。
感情を否定されても、自分の気持ちを信じる
「こう感じて当然だ」と自分の感情を認める
感情を表現する適切な方法を見つける
例えば、「悲しい」と感じた時に、それを日記に書き留めたり、信頼できる人に話したりすることで、その感情と向き合うことができます。自分の感情に正直になることは、心の健康を保つための大切な習慣となります。
7. 必要に応じて距離を置く
状況に応じて、次のような方法で適切な距離感を作ることができます。
可能な範囲で接触を減らす
一人で過ごす時間を確保する
代替となる人間関係を築く
たとえば、休憩時間を少しずつずらしたり、新しい趣味のコミュニティに参加したりすることから始めてみるのもいいでしょう。完全に関係を断つことが難しい場合でも、少しずつ自分の空間を作っていくことは可能です。このような小さな変化の積み重ねが、より健全な関係性への第一歩となります。
これから先の関係性のために
ガスライティングの影響に気づき、適切に対処することは、決して容易なことではありません。しかし、一つ一つの小さな気づきと行動が、より健全な人間関係への第一歩となります。
自分の気持ちや感覚を大切にすること。それは、決して「わがまま」ではなく、むしろ健全な人間関係を築くための重要な基盤となるのです。
状況が深刻な場合や、一人での対処が難しいと感じる時は、専門家への相談も検討してみてください。カウンセラーや心理の専門家は、あなたの状況に合わせた具体的なサポートを提供してくれるはずです。
Ahern, K. (2018). Institutional betrayal and gaslighting: Why whistle-blowers are so traumatized. The Journal of Perinatal & Neonatal Nursing, 32(1), 59-65.
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